「できることなら、今の家で暮らし続けたい」
年齢を重ねると、そんな思いを抱く方も多いのではないでしょうか。
長年暮らしてきた家には、家具や庭、窓から見える景色など、これまでの人生の思い出がたくさん詰まっています。
近所のスーパーまでの道。
顔なじみになったお店の人。
道で会えば自然に交わす近所の方との挨拶。
こうした何気ない日常は、住む場所が変われば簡単に失われてしまうものでもあります。
だからこそ今、「エイジング・イン・プレイス(Aging in Place)」という考え方が注目されています。
これは、住み慣れた家や地域で、できるだけ自分らしい暮らしを続けていくという考え方です。
日本では高齢化が進み、65歳以上の人がいる世帯も増えています。また、65歳以上の人の多くが持ち家で暮らしています。
そう考えると、「老後をどこで暮らすのか」という問題は、決して一部の人だけの話ではありません。
住み慣れた家で暮らし続けるという選択
年齢を重ねたら、介護施設や高齢者向けの住宅に移る。
以前は、そんな老後を思い描く人も少なくなかったかもしれません。
もちろん、介護が必要になったときや、一人で暮らすことが難しくなったときには、住み替えが安心につながる場合もあります。
ただ、「年齢を重ねたから、今の家を離れなければならない」というわけではありません。
住まいを少し工夫し、必要な支援を受けながら、これまで暮らしてきた地域で生活を続ける。
それも、これからの老後を考えるうえで大切な選択肢の一つです。
日本でも、高齢になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるよう、医療、介護、予防、住まい、生活支援を一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築が進められています。
まず見直したいのは、今の家の「安全」
住み慣れた家で長く暮らすためには、住まいの安全性を見直すことも大切です。
若いころには何とも思わなかった小さな段差が、年齢を重ねると転倒の原因になることがあります。
特に注意したいのが、玄関、廊下、階段、浴室、トイレです。
たとえば、玄関に手すりを取り付ける。
廊下や部屋の境目にある段差をできるだけなくす。
浴室には滑りにくい床材を使い、出入りする場所に手すりを設置する。
夜中にトイレへ行くときのために、廊下や足元に照明を用意する。
こうした工夫は、一つひとつを見ると小さなことに感じるかもしれません。
しかし、転倒を防ぎ、「自分でできること」をできるだけ長く続けるためには、とても大切な住まいの工夫です。
介護保険では、要支援・要介護の認定を受けた方が一定の住宅改修を行った場合、住宅改修費の支給対象となる制度があります。
対象となる工事や手続きには条件があるため、実際に改修を行う際には、市区町村や担当のケアマネジャーなどに確認しておくと安心です。
「家」だけでなく、周りの環境も大切

老後の住まいを考えるとき、家の中だけを見ていてはいけません。
近くにスーパーがあるか。
病院まで無理なく通えるか。
バスや電車を利用しやすいか。
困ったときに相談できる人がいるか。
家族や友人と会いやすい場所か。
こうしたことも、長く安心して暮らすためには重要です。
どれだけ暮らしやすい家でも、買い物に行くことが難しくなったり、病院に通うのが大変になったりすれば、生活そのものが不便になってしまいます。
反対に、多少古い家でも、買い物や通院がしやすく、近所に顔なじみの人がいて、必要な介護サービスを利用できるなら、安心して暮らせる場合があります。
「どんな家に住むか」だけではなく、「どんな地域で暮らすか」。
これも、老後の住まいを考えるうえで忘れてはいけないポイントです。
今の家で暮らすことが難しくなったら
もちろん、誰もが最後まで今の家で暮らせるとは限りません。
階段の上り下りが難しくなったり、介護が必要になったり、一人暮らしに不安を感じるようになったりすることもあります。
そんなとき、「自宅か施設か」の二択だけで考える必要はありません。
日本には、高齢者の暮らしを支えるさまざまな住まいがあります。
その一つが「サービス付き高齢者向け住宅」です。
一般に「サ高住」と呼ばれている住宅で、バリアフリー構造を基本とし、安否確認や生活相談などのサービスを受けながら暮らすことができます。
介護や医療との連携を図っている住宅もあり、「できるだけ自分で暮らしたいけれど、一人暮らしには少し不安がある」という方にとって、選択肢の一つになります。
ほかにも、有料老人ホームやグループホーム、介護保険施設など、それぞれ特徴の異なる住まいがあります。
大切なのは、「高齢者向けの住宅だから安心」と一括りに考えるのではなく、自分の健康状態や経済状況、そしてこれからどんな生活を送りたいのかを考えたうえで選ぶことです。
老後の住まいは「安心」だけで選ばない
高齢者向けの住宅を探すとき、医療や介護の体制はもちろん重要です。
でも、それだけで決めてしまうのも少し違うのではないでしょうか。
食事は自分の好みに合っているか。
部屋でゆっくり過ごせるか。
外出しやすい場所にあるか。
趣味を続けられる環境があるか。
ほかの入居者と無理なく付き合えるか。
家族が会いに来やすいか。
老後の暮らしは、病気や介護だけで成り立っているわけではありません。
毎日の食事や買い物、散歩、趣味、人との会話。
そうした何気ない時間こそが、暮らしの満足度を左右することもあります。
だからこそ、住み替えを考えるときには、「介護を受けられるか」だけではなく、「ここで自分らしく暮らせるか」という視点も大切にしたいものです。
これからは「住み替える」だけでなく、「住み続ける」ための準備を
日本では、住み慣れた地域でできるだけ自分らしく暮らし続けられるよう、住まいと医療・介護・生活支援をつなげていく取り組みが進められています。
これは、何があっても自宅に住み続けなければならないという意味ではありません。
元気なうちは自宅で暮らす。
少し不安が出てきたら、手すりを取り付けたり、生活支援サービスを利用したりする。
介護が必要になったら、訪問介護や訪問看護などを利用する。
それでも難しくなったときには、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームなどへの住み替えを考える。
そんなふうに、その時々の自分の状態に合わせて住まい方を変えていくこともできます。
おわりに――「どこで暮らすか」より、「どう暮らしたいか」

老後の住まいを考えるとき、つい「家をどうするか」「施設に入るか」といったことばかり考えてしまいます。
でも、本当に大切なのは、その先にある暮らしではないでしょうか。
朝起きて、いつもの場所でお茶を飲む。
近所を散歩する。
顔なじみの人と挨拶をする。
好きなものを買いにスーパーへ行く。
家族や友人と話す。
そんな何気ない毎日を、できるだけ長く続けたい。
そう思うなら、元気なうちから住まいについて考えておくことが大切です。
手すりを一本取り付けることも、段差をなくすことも、近所の医療機関や介護サービスを調べておくことも、将来の安心につながります。
そして、もし今の家で暮らすことが難しくなったとしても、それは「自分らしい暮らしをあきらめる」ということではありません。
住み慣れた家で暮らし続けること。
必要な支援を受けながら地域で暮らすこと。
新しい住まいに移り、そこで新しい生活を始めること。
どの道を選んでも、自分らしく安心して暮らせることが一番大切です。
これからの老後は、「どこに住むか」だけではなく、「どんな毎日を送りたいか」から考えてみたいものです。